酢酸菌CeSD内部におけるセルロース分子鎖

LAST UPDATE: 11.21.2009

もう一度、セルロース単結晶について

 別章で述べたセルロース結晶材料の特徴をもう一度、記述します。

  1. 生体組織によって生産されるセルロース材料は単結晶繊維が集合したものである(ミクロフィブリル)。
  2. 単結晶繊維内ですべてのセルロース分子鎖はすべて同じ方向を向いている(天然T型セルロース)。
  3. T型セルロースは准安定な状態のため、物理的・化学的処理によって様々な結晶型へと転移する。

 天然T型セルロースで見られる分子鎖がすべて同じ方向に配向した状態を平行パッキング構造と呼びます。 70年代から80年代にかけてT型結晶が平行構造であることを結晶学的に裏付けたのが私の博士課程の指導教員 (アドバイザー)だったSarko先生です。1991年に杉山先生(現在、京都大学生存圏)が電子線回折実験によって T型が平行構造であることの決定的な証拠を提出されました。さらに、1999年〜2003年にかけてCNRSの西山さんと ロス・アラモスのLanganによるグループによって放射光施設の光源を使った高分解能のT型結晶構造が提案されました。 その他、Blackwell、Atalla、Chanzyや堀井先生などの名前も挙げるべきですが、ここでは省略します。

 いずれにせよ、天然セルロースの結晶型や結晶構造についてこれまで多くの研究者が当時の先端的な技術を駆使して 少しずつ明らかにしてきた経緯があることを学生諸君には理解してい欲しいものです。工学部に籍を置いて思うことですが、 生体材料を扱って応用研究をするにしても、セルロースならばその化学構造の理解で終ってしまいセルロース材料としての 基盤知識に全く関心を示さないように思えます。

 高分子の集合状態は分子鎖が交互の向きに配向した逆平行分子鎖構造の方が熱力学的に安定です。セルロース天然型結晶も 銅アンモニア溶液のような溶媒に溶かして再沈殿させたり、固体状態のままアルカリ溶液で処理すると逆平行分子鎖を持つU型 セルロースへ転移します。このU型セルロースはいまはやりのイオン液体の溶液から沈殿させても普遍的に生じる結晶型のようで、 熱力学的には安定なのでしょうが、最初の天然ミクロフィブリルのような巨大な単結晶繊維まで成長することはできず、繊維、材料 としての力学的性質は大きく劣化します。それから、液体アンモニア処理によって得られるV型セルロースも不思議な結晶型ですが、 これについては気が向けば項目を設けます。


天然型セルロース単結晶繊維の生合成は重合と結晶化が連続して起こる過程である

 一般に、合成高分子はバルク重合であれ溶液重合であれ、一旦、重合反応系で高分子鎖が成長した後、紡糸、射出成型、延伸 などの機械的な操作によって分子鎖は特定の方向に配列したり(配向)、結晶領域が成長したり、逆にランダムな状態で分子鎖が凝集 したりして繊維、プラスチックやフィルム等の材料が形作られます。
 ところが、生体におけるセルロース繊維形成は重合と配向・結晶化が空間的も時間的にもほとんど同時に進行して行きます。 バイオ関係の人ならDNAポリメラーゼによるDNA複製やリボゾームでのタンパク質合成のメカニズムを背景にそんなに不思議に思わない でしょうが、合成高分子の視点からすればとんでもなくすごいメカニズムです。

 セルロース繊維は細胞表面の原形質膜上のターミナルコンプレックス(TC)と呼ばれる合成酵素の複合体で形成されます。 このターミナルコンプレックスにおけるセルロース繊維形成の仕組みを明らかにする試みが幾つかの研究グループで 進行しています。なかでも酢酸菌(Acetobacter xylinum)は、いわゆる草や木などの植物と比べて遺伝学的にも生化学的にも 簡単で取り扱い易いため、TCの仕組みを解明するモデル系となります。さらに酢酸菌セルロースはバクテリアセルロースとして応用面も 注目されています。つい最近、北海道大学のグループにより酢酸菌TCの構成要素のひとつであるCeSDタンパク質のX線立体構造 が解明されました。CeSDは伸長しつつある複数のセルロース分子鎖の結晶化に関わると推定されています。もちろんCeSD内部に 何本のセルロース分子鎖があるのか、そしてそれらがどのように配置されているかは明らかになっていますが、こちらの研究成果 ではないので紹介することは控えます。現在、セルロース分子鎖のCeSD内部での動きや、CeSD表面とどのように相互作用している 等について分子シミュレーション研究を実行しています。

 本研究テーマは北海道大学大学院工学研究科田島健二先生、同先端生命科学研究員姚閔先生のご協力により実施しています。