タンパク質による糖鎖認識

LAST UPDATE: 10.10.2006
図1 X線結晶構造解析により決定されたβ-アミラーゼとマルトペンタオース結晶構造。
   

 このページではタイトルの”タンパク質による基質認識”の実例として、β-アミラーゼの活性部位における基質糖鎖分子の基質認識について紹介しましょう。β-アミラーゼはデンプン分子をマルトース単位まで加水分解する酵素です。 図1にX線結晶構造解析で求めたβアミラーゼの立体構造をリボン表示で示しました。βアミラーゼは(α/β)8バレル構造の活性ドメインと、基質であるデンプン糖鎖を認識すると推定される二つのドメインで構成されています。図1の構造では、 活性ドメインの中心部に基質アナログ(類似化合物)であるマルトペンタオースが存在しています。なお、マルトペンタオースはCPK表示となっています。

 一方、アミラーゼの基質となるデンプン分子は、主にアミロースと呼ばれるα-グルコース分子がα-1→4 グリコシド結合により直鎖状につながった部分を主要構造にもちます。アミロース骨格は、さらにα-1→6 結合によって枝分かれしています。前ページのG2M9糖鎖と同様に、生体高分子であるデンプン分子は水溶液中で分子形態をどんどん変化させます 。β-アミラーゼはデンプン(または、アミロース)分子を周囲の溶液から特異的に選び出し、非還元末端側からマルトース(2糖)単位で加水分解してゆきます。アミラーゼのほぼ中央部にアミロース分子鎖を認識するくぼみ、”活性クレフト”が存在し、よく酵素と基質の特異性で用いられる鍵と鍵穴の概念に基づけばβ-アミラーゼの活性ポケットは、アミロース溶液構造の断片とよく似た形状になるはずです。

図2 β-アミラーゼ活性ポケット周辺と基質マルトオリゴ糖。マウスを重ねると活性ポケットの表面が表示されます。
   

 図2はβ-アミラーゼの活性部位周辺を拡大したものです。図の上にマウスを重ねると、アミラーゼ表面をなぞって活性クレフト空間を表す緑色の表面が表示されます。 この活性クレフト表面で囲まれた体積は420Å3となり、この中に埋め込まれているマルトオリゴ糖鎖部分の体積300Å3に対して約30%大きくなっています。実は、この空間の差を水分子が埋めています。このβアミラーゼ-マルトペンタオース複合体を対象とした分子シミュレーション結果を詳細に調べると、活性クレフト内部の水分子の一部はほとんど動き回らず、一定の水素結合を基質糖鎖やタンパク質側のアミノ酸と形成していることが分かりました。すなわち、βアミラーゼは基質マルトオリゴ糖だけでなくあたかもその周囲の水分子ごとまとめて認識している様子が推定されます。アミラーゼは加水分解酵素ですので反応場に水分子の存在は不可欠ですが、こんなに水分子を取り込んでいるとは想像もつきませんでした。

 アミラーゼには、ここで紹介したのβ-アミラーゼと違った反応機構をもつα-アミラーゼやグルコアミラーゼ等も知られています。糖質を基質とする酵素は、その他、セルロースを基質とするものやキチンを基質とするものがあり、アミラーゼを含めてこれらは産業上、重要な酵素です。糖質関連酵素類は多糖分子鎖のような形態が変わりやすく、極性基をたくさん持った分子をどのようにして他の分子と区別して、活性部位にとりこんでいるのでしょうか?このβ-アミラーゼで確認されたことが共通した特徴なのか?或いはそれぞれ全くちがうのか?そこらへんが気になるところです。

 なお、本研究は三重大学生物資源学部三宅英雄先生との共同研究で実施され、分子シミュレーションの対象とした各種β-アミラーゼ結晶構造データの提供を受けています。